2009年6月11日木曜日

『親子ストレス』を読む

『親子ストレス』 汐見稔幸、平凡社新書、660円 おすすめ度★★★★★

育児のストレスの問題の根本を少子化という現象から深く掘り下げ、大変わかりやすくまとめています。教育学や周辺分野の学生、親、これから親になる人、教師にかぎらず、すべての人が読んだらいいなと思う本です。

混乱する教育
育児不安に陥っている人の不安を煽るような情報や、根っこのない議論があふれている昨今で、一番多く目にするのは残念ながら「教師が悪い」「親が悪い」「子どもが変わった」「法律が古い」と、どこか1つ(自分の意外のどこか)を棚に上げてそこだけが問題、悪者であるかのように言い、そこを改善することでよくなっていく、という表面的で責任逃れな意見です。

その種の短絡的な解決法を示唆する本を見るにつけ、私は「教育の責任はどこかひとつにあるのではなく、社会の一員であるわたした全員が多かれ少なかれ負っているはずでは?」と首をかしげてしまいます。

この本はそうした類の本とは一線を画します。 この本は「そうじゃない。根本から考えなおそう。教育の問題の根源はもっと根深い。私たちの価値観自体を考えなおさなければいけない大きな問題である。」
と言いたいのだと思います。その点で非常に共感できました。

親子のストレスを、少子化とう現象から見ていきますから、少子化を悪者と捕らえている、という言い方もできます。しかし、少子化自体はひとつの社会現象であり、悪者をあえてみつけるとするならば、私たちのこれまでの文明化の歩みは正しかったのかという、大きな問いになっていきます。

「その悪者は私たちの文明が歩んだ方向の必然の結果なのだ。なんとかこのストレスフルな育児の状況を克服しようとするのなら、私たちは私たちの価値観や生き方が深く転換しなければならないのではないか?」

と、私たち社会に生きるすべての人が関わっている問題だ、ということを示し、私たちに問いかけているのです。



各章のまとめと具体案


著者の少子化社会克服のための具体案は、4章に書かれています。4章では本題に入る前(p,162)に各章のまとめが簡潔に書かれているので、ここでは、おもにそこを引用しながら内容に触れ、4章で著者があげた結論部分ともいうべき少子化克服のための方向を示唆する具体的内容について見ていきます。


1章 少子化問題と教育

「本書ではまず少子化という現象が、じつは人類が消滅の方向へ向かう予兆である可能性を示唆しているのではないか」とあるとおり、少子化という現象について掘り下げています。「少子化は、個々人の意志を超えた社会現象であるが、もっと大きな文明現象であること、その背後には巨大なニヒリズムが隠れている可能性があること、しかしそれは、人類がつくってきた文明の必然的結果であるかもしれないこと、等々」


2章 育てのストレス


「少子化という形で現れている社会と文明の諸問題が、育児の面で親に多大なストレスを与えているということ、それが子どもへの虐待などの問題を生み出すという形で現象化していること、さらに少子化時代に脅迫的に育てられた世代が、長じても自分のあり方や親をめぐって苦労することが多いことなど」


3章 育ちのストレス

「同じ問題が、子どもの育ちの無理さとなってさまざまに現れてきていること、学校や社会で起こっている子ども・若者の問題行動のうしろに、彼らの育ちと生き方をめぐる強いストレスが隠れていることを検討。」



4章 少子化克服への道

4章では「こうした問題はどうすれば克服できるのか、いや、克服することはそもそも可能なのか、ということについて考えて」います。


少子化克服のための具体案の方向

抽象的には、著者は、「克服のためには、社会と文明のありかたの基本を変えていくしかない、ということになるだろう。」と書いています。次に、その具体的な内容を本書の目次に従い大きく3つに分けて、見ていきます。


(1)「ニヒリズムからの解放」

「資本主義的、技術主義的発想を意識的に突き放し、それに替わる新たな社会哲学や経済思想などをわれわれが持たなくてはならない」
(p,171)と上げています。具体的には「共生思想」「魂=スピリチュアリティの思想」の丁寧な吟味をあげています。

「少子化問題を論じるときには、近代ニヒリズムの克服という歴史的テーマと連動しないと、ほんとうのところは見えてこない。」
とも。問題は深遠であり、簡単に解決できるものではないのです。

(2)「育児支援の新たな思想づくり」

子どもの社会化の場のサポート。具体的には親への準備教育、出前出張所、移動図書館、「アドボカシー」などカナダの子育て支援屋考え方を例にとっています。また、父親の育児参加も重要とし、それができにくい状況をつくっている現在の日本の状況、企業の社会責任にも言及しています。

3)「競争社会のアイデンティティと性」

競争と規範が引き起こすストレス/アイデンティティからの解放/現代社会の心の居場所/個人の発達を世代継承につなぐ/企業の生産論理から職人の創造世界へ/多文化共生の価値を学ぶ/不正原理と母性原理/競争を支えた男女の共依存/両性具有の社会


「企業の生産論理から職人の創造世界へ」
のなかで、著者は、

「新しい産業社会=多文化社会の構想」
を提案したあと、「文明」に対置する「文化」にこだわる必要がある、と述べ、「文化」のローカルな普遍性として、以下の4つを目指すべきものとしてあげています。

1.自然に根ざす
2.手作りでたんねんにつくる
3.共同や協同が必要
4.その中で心が耕され生命の意味を実感させてくれる価値

フリースクールがうまくやっている例として取り上げられていましたが、私は、羊毛で人形を作ったり、ゼロからみんなで家を建てたりというシュタイナー教育の取り組みとこの4つのトピックがすぐさま結びついて、大いに納得したのでした。

この本が信用できる点は、全体を通して著者の主張の立ち位置に謙虚な姿勢が感じられることです。著者はそもそも少子化という現象についてははっきりと解明 できてないんだ、とまず言っています。そして、ひとつの立場をとってその立場からの少子化克服への方向性について考え、読者がこの本によって議論をするこ とを期待しています。私のつたない書評も、著者の考えが一人でも多くの人の手に届くきっかけとなればと思って書きました。

意外にもこの本のレヴューは多くないのですが、2件みつけたので参考のために下にレヴューをそのまま貼り付けます。


著者のプロフィールはここでみられます。



書評1

『親子ストレス』 汐見稔幸、平凡社新書、660円

 酒鬼薔薇事件、新潟少女監禁事件、西鉄高速バスジャック事件、引きも切らないさまざまな幼児虐待事件…。陰惨な事件が報道されるとき、「○○は、こんな家庭で育ちました」というような、犯人の生育環境まで踏み込まれて語られることが多い。
 では現在の「家庭」とは? そして、現在の「親子関係」とは? 
 『親子ストレス』(汐見稔幸、平凡社新書)は、 少子化社会がもたらした、育て(親側)のストレス、育ち(子側)のストレスが、実にわかりやすく解説されている良著である。最近テレビなどでよく見かけ る、自称「アダルトチルドレン」たちの、「私、傷付いているんです」という告白や、誇らしそうなリストカットの痕には、いちいちうんざりさせられていた私 だが、たしかにストレスな世の中なのかもしれないなあ、と読了後はしみじみ考えてしまった。新世紀となった現在がいかなる時代かを認識するうえで、この本 はぜひ多くに読まれるべき本である。
 余談であるが、東京オリンピック以降に生まれた(1964年。私も含まれる!)世代は、「他者を異常に気遣う」集団倫理があるのだそう。うう、なんだか納得~。http://www.bk1.jp/product/00022766


書評2


赤ちゃんがかわいくない、自分の子供なのにどうして憎たらしく思うの? 子育てなんて全然楽しくない! この本は大きな声で言えなかった母親のこうした言 葉を受け止めてくれます。現在の日本では育児ストレスはあって当然なのです。この本は少子化克服に成功したカナダの具体的な事例を挙げながら、日本の育児 環境の改善策を提案しています。何か自分にできることはないか、1歩踏み出すきっかけになるかもしれません。私はこの本を読んだあとに地域情報にアンテナ を張り、地域密着を目指しているママたちのクラブを見つけることができました。http://www.amazon.co.jp/product-reviews/458285043X/ref=dp_top_cm_cr_acr_txt?ie=UTF8&showViewpoints=1

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

外遊びの会のお母さん文庫においておきたい1冊ですね。外遊びの会も簡単に言えば「一緒に外であそぼうぜ!」なのですが、深く掘り下げていくとこの本に書かれてある問題点に親御さんたちが少しでも気がつく機会があるといいなという思いもあるのです。。。参加していただくことで少しでも子育ての手助けになればうれしいと思って続けています。

非公開 さんのコメント...

はい。ぜひおすすめしたい一冊です。私は「外遊びの会」の目に見えない根っこの部分に深~く共感しています。この本にはカナダの子育て支援の具体案がいくつか書かれているのですが、そちらも会の活動の参考になると思います。とくに提供する側から手をさしのべる「出前サービス」「アウトリーチ」という考え方はなかなか足を運べない方のために、非常に興味深いです。

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