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2010年3月30日火曜日

好きな言葉


「重要なのは病から癒えることではなく、病みつつ生きることだ」(カミュ)

没50周年を記念してこの1月にはパリでもポンピドゥーセンター他さまざまな文化施設や書店などで記念イベントが行われていましたが、この言葉、今日大学の課題の調べものをしていたときに偶然出会い、惹かれてしまったので挙げておきます。

私たちの影がなくなることがないように「病」も人間がどうしても逃げられないものです。でも完璧に病と「おさらば」できることを理想としているのが今の世の中の一般的な形のように思います。

わたしにとっては「異邦人」の冷淡なまでに冷めた目の男の描写が印象的なカミュですが、この言葉には前向きに生きていこうよ、というようなメッセージが感じられます。

不の部分、闇の部分を受け入れつつ生きていく。まずここでも現状の自分のあるがままを受け入れることの重要性を示されていると感じました。





 

2010年3月29日月曜日

先週末の記録

せっかく写真を撮ったのでちょっと時差がありますが、写真を載せておきます。ここは近所の農場の一角のお店。新鮮な野菜やおいしい乳製品が手に入ります。ここにたどり着くには・・・

ヴェルサイユ宮殿の端っこをひたすらまっすぐまっすぐ歩いて歩いて歩きます。物思いにふけるにはぴったりのコース。これはプチトリアノンの入り口。シーズンオフなので封鎖中でした。マリーアントワネットが農民たちのような生活を楽しんだ人工的な田舎づくりのお庭の一角です。

ひたすらまっすぐ。道がぬかるんでいたのでゆっくりあるいて約一時間。

広いお庭の一番端の入り口から入ります。入場は無料で貸し自転車もありました。

なぜ歩いたかというと、じつは自転車を盗まれたので乗りたくても乗れなかったのでした。でも、もう寿命かな、というくらい乗り回したし、フランス生活ではこうしたハプニングは日常茶飯事。こんなことくらいでは全然落ち込まなくなりました!

この週末は研究中心にすごしていました。木曜日に教授との面談をして以降、今週はかなり緊張状態でしたが、おかげで論文の焦点がしぼれてきた気がします。よいタイミングで「お尻に火をつけて」いただいたようです。あせらずに、困ったときはシンプルに考えるように、地道にやっていくしかありません。

2010年3月27日土曜日

フィールドワークはじめ

今週からフィールドワークをはじめました。ある団体に属しているフランス市民に電話をかけて自己紹介し、取材のアポをとることから始まります。見ず知らずの人ですから、しかもフランス語ですからやっぱり電話をするにも小心者のわたしとしては結構勇気が要ります。

最近ワークといえばアートトレーニングワークのことを書いていましたが、こちらは世に言う実地調査、現地調査のことで、私の論文作成のためのものです。

私の担当教授はこの夏で定年退職される予定なので、何がなんでも6月の口述審査に間に合わせたい、とかなり硬直してしまっている私。これはなんとかしなくてはいけません。


こういうときこそ自分の内面に聞くことを大事にしなければ!せっかくアートワークやアトリエで内面に聞くことの意味をたくさん考えたのだし、一行でも論文をすすめなくてはいけない気がしていけれど、精神面で強くなることで結構乗り越えられる気もする。うまく舵取りできる方法などについても試行錯誤の時間も大事ですからね。


論文を書くのは大変だとたくさんの方が言いますが、いったい何が大変なのかって、実はそれが自分との戦いに勝たなければいけない、という所だと思います。体力も使うけれど、精神面でとても大変なことが起こるからです。

論文を書くときはきっと誰もが自分の考え得るなかの一番よいものを書こうとするでしょう?そうやって真剣に向き合おうとするとき、自分がこうであるべきと思う自分、つまり理想の自分と実際のふがいない自分のギャップをこれでもかという程につきつけられる。それがなにか書く人の苦しみのひとつなのでしょう。私自身が今ものすごくこれで苦しんでいるのでそう思うだけかもしれませんが。

理想の自分になりたいと妄想ばかりしていると、全然なれていない自分にはたと気づかせられたときにさらに大変です。理想の自分がものすごく高い人というのは鬱になりやすいと何かで読みましたが、このつらさにおぼれてしまったらそれは鬱になるな、と納得します。

やはりここでも今の自分のありのままを受け入れるということが必要です。私にはそれが足りてなかったということに気づかされます。特に知識・能力といった側面についてです。

はー。この辺にして研究にもどります。。。。








2010年1月2日土曜日

シャンゼリゼ通りの魔法

Posted by Picasa


年末、雨でつやつやのシャンゼリゼ通り。


新婚旅行でパリを訪れた友人夫婦と観光してきました。


いくつものパリ関連のブログにこの時期かなりな高確率で見つけられるこの写真。


・・・・・まばゆい。


一体どれくらいの電気を消費しているのでしょう?


ここに来た人はこのまばゆさに陶酔されて、「さぞ浮かれた気分になるのだろうな~」

「やっぱり♪おおシャンゼリゼ~と自然に口ずさんでしまうんだろうな~」と思われるでしょう?


でも、私の勝手な分析では、実は意外とその逆にシャンゼリゼ通りには人を内省的にさせる特別な力があるんです。

といっても、パリブログやパリ在住の方のface bookををいくつか読んでいてなんとなく感じただけなのですが、何故かここを訪れた人はこのお決まりのイルミネーション&凱旋門の景色というド派手な写真をアップしながらも、文章はとてもある意味地味な、内省的な表現をしている人が多いんです。


例えば「自分の人生が充実しているな、と感じた」とか、「普段の自分の生活ってOOだなぁ」というもの。


それはやはりこの圧倒的な非現実感がなす技なのだと思います。


この不況の折、シャンゼリゼ通りに来て、「ここが自分の居場所、落ち着くわ~」と思う人はあまりいないでしょう。むしろ、非現実的な場所に来たと感じる人が多いはず。そしてふと、「なんで自分は今ここに居るのだろう・・・」考えてしまうんではないかと思います。


人は、現実とは違う場所にポッと立たされると無意識に現実の世界の自分について思いをめぐらし始めるものなのではないか、と。しかもシャンゼリゼ通りってこれ以上ないくらいにひたすら「歩く」ための通りですよね。歩くと頭がよく働くとはよく言われますが、ここに来た人はこの「内面を見つめる」・「思考がよく働く」というダブルの作用でついついしみじみしたことが書きたくなってしまうのではないか、と。


自分を見つめ直したいときには家に閉じこもってじっと考えるよりも冬のシャンゼリゼ通りをてくてく歩くほうが効果的とは面白いですよね!

かく言う私も「人生って・・・・」とシャンゼリゼ通りの魔法にしっかりかかってきましたよ。




「あ~ら、私はシャンゼリゼが一番しっくりくる場所よ、非日常ではないわ おほほ~」


という方にはまったく共感していただけない庶民派感覚なブログですが今年も応援どうぞよろしくおねがいします!



2009年5月17日日曜日

「考える遠近法」




「プロ弁護士の思考術」(矢部正秋 PHP新書)という本を読み始めたら、「考える遠近法」というのがでてきて、ちょうど考えていたことにヒットしたのでメモしておきます。

問題に適切に対処するためには、高所から風景の全体を見渡すことが大切である。しかし、遠くばかりを見て、足元の溝に落ちてはならない。ときに近くを見て、ときに遠くを見る「考える遠近法」こそが、自由自在に考えるために必要である。(P.6)

という箇所。

まず思い浮かんだのは、私の水彩のアトリエ。筆をとって、色彩にどっぷり浸り、自分の内に集中する活動と、画用紙から少しはなれて観察することを繰り返すことが非常に大切。

また、今週、大学の授業で口述発表で私がテーマに取り上げたレヴィ・ストロース。ボロロ族やナンビクワラ族とともに暮らす、フィールド・ワークをミクロの視点とすると、そこから彼らの社会構造を見い出し、彼らは野蛮ではなく、論理的な「野生の思考」の持ち主である、と結論し、西洋の常識を覆したのがマクロの視点。

レヴィ・ストロースは「考える遠近法」が非常に上手な人だと思います。よい思考のありかた。簡単なようですが、意識しないとなかなかできない。実行するのは意外と難しいものです。

2009年2月12日木曜日

フランスの大学改革とストライキ


フランスの大統領サルコジは2007年8月に大学改革を打ち出したことにより、大学の自律化が急速に進んでいます。

大学改革のストについて書いた理由

たまたま授業で大学の歴史を調査していたので、自分の大学の 変遷を含めて、フランスの大学改革のあゆみは興味があったこと、また、私の身近には研究者が以多いので、とても関心のあった話題が、このたびの自分の通う大学の本格的ストによっ て、自分のにとても近い問題になったことから取り上げようと思いました。


フランスの大学改革

世界ランキングにおいて遅れをとるフランスの大学の水準を引き上げようと、ここ数年来、研究教育活動の効率化を図るために、「研究と高等教育の拠 点」(Pres: Pôles de recherche et d’enseignement supérieur)や「先端研究の主題別ネットワーク」(RTRA: Réseaux thématiques de recherche avancée)といった施策が実施されてきた。大学の自律化を経た今年、高等教育研究省は「キャンパス計画(Plan Campus)」を打ち上げ、全国に10の「卓越したキャンパス(un campus d’excellence)」を新たに創設するとした。国営の電力・ガス会社EDFの一部を民営化して得られた資金をもとに、「キャンパス計画」には39 億ユーロ(約5000億円)が投入されることになる。従来の大学施設の選択と集中を促進する抜本的で大規模な大学改革である。【現地報告@パリ】キャンパス計画―フランスの大学改革http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2008/11/post-149/


大学とストライキ

私の通うパリ8大学はこの大学改革に抵抗して今週からストが行われています。授業のある学期の最中にストがおこなわれるのは、かなりアクティブで本格的なストであることを意味するそうです

パリ8大学は数年前の大規模ストの発祥地であり、フランス の大学の中でもとりわけリベラルな学校で、(このリベラルな大学が国立であることが驚きですがこの点についてはいつかまた書きたいと思います。)今日は休講の授業がいくつかあったようでした。私が出席した授業では、授業そっちのけでストの主張を熱く語る先生の声が聞けたり、自分 の意見をもとめられたりすることがありました。私としてはとても興味深く、考えさせられることが多く、貴重な体験です。

皆いない、その訳は・・・

私はビラをもらっていたにもかかわらず授業の出席率がやけに低いのと、授業の登録をしに事務所に行ったときに耳にした情報でようやく今回のストの大きさに気づいたのでした。いつもなにかしらのマニフェスタシオン的な活動が学校のどこかで企画、実行されているので、今回もその1つだと思っていたのでした。

月曜日に配布されたビラによると主張は大きく3つとかかれていましたが、私が受けている授業を担当している先生(ドクターの学生でもある)は、このストの主張のとくに大きな二つの主張を授業の中で詳しく、そしてかなり熱をこめて語っていました。どちらにしてもサルコジの政策に対するとその施行によって引き起こされる問題についてのレジスタンスです

今回のストの大きな二つの主張

というのは簡単に言うと以下の懸念によるもののようです。

  1.  研究者や教師の地位の矮小化、ポストの不安定化、ひいてはそれらがもたらす授業の質の低下
  2. 企業から予算の得やすい経済、科学技術関連などすぐに国の富につながる学部が勢力を増す が、哲学や文系学部は経営が非常に困難になることが予想される、つまり大学間に階級ができ格差が大きくなる

学校の自治を国ではなく学校に任されるようになることで、学校はいかんせん、お金を自分でとりつけなくてはいけなくなります。お金があり、研究に専念できる分野では研究者はたくさんの本を出版できるようになります。ある先生は、それにともない、研究に専念する教授のかわりに、授業をたくさん請け負わなくてはいけない教授がその分野を教えることになり、自分の分野外のところも担うことになると、学生も特定の専門知識をもっている教授に出会うのが難しくなり、ひいては学びの質の低下も懸念される、というようなことをいっていました。

これら批判の声についても私が最近読んでいるブログがくわしいので同じソースからもう一度引用します。東京大学「共生のための国際哲学教育研究センター」のブログがフランスの大学改革について書いたエントリーです。

この大胆な計画には批判の声もあがる。この新自由主義的な施策は大学間の階層化を促進し、とくに大都市と地方の研究教育格差を助長するものだから だ。また、政府主導の大学改革は往々にして大学の体制順応主義的な体質を助長し、その批判的精神を減退させることで、学問の重要な生命力であるその独立性 を委縮させるからだ。しかし、大学ランキングにフランスの大学の存在感がないという焦燥感を打ち消し、研究教育の国際競争力を高めるという論理を説得する ことは難しかった。【現地報告@パリ】キャンパス計画―フランスの大学改革http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2008/11/post-149/


フランスでも高学歴ワーキングプア

日本でも「高学歴ワーキングプア」ということがよく言われるようになっていますが、それと同じ現象がフランスでも起こりつつあるということです。


詩人や物書き、哲学者が一番ステイタスをもっていた国フランスで、文系科目が省みられなくなったら、いったいフランスのよさって何だろう?そう思っている文系学部の私にはこの大学改革の動きはとても残念でなりません。時代は移り変わるもの、総合的にみてフランスがもっとよくなるために考え抜かれた策だとしてもやはり残念です。とても残念。

ただ、フランスの人たちは黙っていません。主張します。そこに日本との大きな違いがみえます。絶対に泣き寝入りなんかしないのです。納得できなかったらとことん主張!これが普通、これが健全な精神だと思いますが、日本人の私はこの「希望を捨てない」社会参加のスピリッツを誰もがもっていることにいたく感動してしまいます。社会に参加し、自ら社会を変えようとする「社会力」が私たち日本人には決定的に欠けています。

ストライキは大学改革にともなう問題を皆に知ってもらうための意思表明でもあるので、少しくらい休講になっても仕方ないと思っています。



写真:メトロからの風景 バスティーユ付近からみたセーヌ河とエッフェル塔

2008年9月16日火曜日

書評:『日仏カップル事情』


『日仏カップル事情』―日本女性はなぜモテる?―  夏目幸子(光文社新書)


この本が新書として出版されていることが信じられない。

日仏カップルについてのフェミニストの極端に偏った批判的意見である。

著者は日仏カップル事情について、よりはそれを語ることによって男女不平等な日本の社会、パリに何かをもとめて現実逃避する女性、主張するフランス女性と対等に渡り合えないフランス人男性を批判し、日仏カップルにあってはそれぞれの無意識的、否定的願望が根底にあって、結びついており日仏カップルは最悪だ、といいたいようである。フランスは男女平等が日本よりも行き渡っており、フランスの女性は自分の権利を主張し、自立していて素晴らしい、という立場から日本の女性とフランス男性を批判している。

日仏カップル事情なのに、話は日本の「男女不平等」「パリ症候群」「負け犬」「勝ち組」などタイトルとは遠い話題が続く。読んでいて「?」がなんども浮かび、著書の考えをこちらが推測してあげないとならなかった。それがまっとうな意見ならまだしも、見つかるのは著者の偏った個人的な見解でしかなかった。
レッテル張りも多く、パリ留学生としては勝手に分類分けされた感があって気分よく読めなかった。

日仏カップル事情はこうだ!と断言した後になぜか事例はアメリカ人の友人だったりもする。自分の論が通すために自分の都合のいい事例を引っ張ってきているだけだ。

読み進むうちに、これは「フェミニストの偏った一意見」として読むのがよいだろうと思った。
役に立つ意見でもないので読まないほうがよいくらいだ。

著者がどんな意見を持っていようと構わないのだが、この本がどのような立場で、どのような角度から書いているのかがはじめに書きおきがないのもまずい。著 者の考えが唯一絶対とでも思っているのだろうか?もし、ほんとうに自分の考えを多くの人に納得してもらいたいのなら、もう少し自分の意見を客観的に見ない といけない。自分の意見を批判する意見などについても取り上げ、自分の論の正当性を語るべきだ。amazonの読者の評価も総じて低い。

2008年8月2日土曜日

映画から考える戦後の日本家庭

小津作品がとても気に入っている。
日本の映画の名作の一つに数えられる傑作。
雰囲気はサザエさんの実写版のような昭和の日本の普通の風景、人生が描かれている。

「東京物語」は

戦後8年の日本の縮図のような作品。高齢化と核家族化の問題を先取りしている。

尾道の老夫婦が息たちの顔をみに東京へと向かう。

(東京と言っても老夫婦が身を寄せた町医者の息子の家は下町で、東の端っこの北千住、牛田駅のあたり)

千住大橋と荒川の土手、今は無き真っ黒の煙を吐き出すおばけ煙突が見えた。
ふた世代時代は違うけれど、このあたりに私の母の実家があり、私はここで生まれた。
たまたまそんなこともあったので一気に映画にひきつけられてしまった。

(映画のあらすじ)

上京して自立した子どもたちはみな元気にしていて医者だったり美容院経営など忙しく日々を送りながらもよく働き、立派に自立して家族を持っていた。汽車で長い道のりをやってきた老夫婦をそれぞれ迎え入れる息子たち。邪魔だ、と口には出さないまでも、どこか形式的で温かみに欠けている息子たちの雰囲気を感じさせる。もちろん老夫婦もそれを感じるものの、「これでもずいぶん仕合せなほうさね。」「みんなの顔がみれてよかった。」と満足する。いたって謙虚でつつましい姿が切なかった。
そんな中、戦死した息子の妻がただ一人、楽ではないやもめの生活をおしてこの老夫婦を精一杯もてなした。

(映画の感想)

特に、おばあちゃんがのりこさんの家に泊めてもらった日ののりこさんとの夜の2人の会話と、お葬式の帰り際のおじいさんとのりこさんの会話のあたりがすごく良かった。
映画の後半からヒロインはこののりこさんという戦争で夫を亡くした女性にシフトした。原節子さんが演じるのりこさんはとても美しく、立ち居振る舞いが美しく魅せられる。
全体を通して綺麗な言葉遣い、老夫婦のゆったりしたしゃべりも見所だと思う。


(変わりはじめた家族形態)

この当時は核家族という形ができたころで、親の危篤に立ち会うことすらできなくなってしまった(当時の)現代のせちがらさを描いているのではないかと思う。

当時本家で何世代もが同居するスタイルからの核家族の誕生は「家族の崩壊」と写ったかもしれない。現代はどうかというと、この核家族という形はもはや当たり前であるのは言わずもがな、私たちの生きる現代ではこの核家族が崩壊の危機にある状態。老人をすみに追いやって好き勝手やっている世代の子どもが私の世代だ。杉本春子が演じる自分勝手な娘だって、一応は兄弟と相談してお金を出して熱海につれていってやったりするのだから、「なんてまともで親切な娘だ」と思えるくらいだ。つまりそれくらい私たちの親へのいたわりや尊敬の念は失われてしまったということだろう。そういうことを自覚し、自分の生き方までも考えさせられる映画だ。

戦後の日本はこんな風にお年寄りを地方に残し、都会に出て必死で稼いで、稼いで 親の死に目にも合えず働いて、という家族が増えた。そして日本の経済はものすごく成長した。そして食べるのにほとんど誰も苦労せず、物質にも恵まれた生活を送れるようになった。戦争で食べるものがなかったのだから、とりあえず豊かになりたかった。そして物は豊かになった。

では心はどうだろう。豊かに暮らせるようになった喜びでここまで気がつかないフリをしてなんとかきてしまったが、心に余裕の無い家族が増え、家庭内には親と子のひずみが生じたのではないか。今の私たちの世代の心はその親の世代に、その親はそのまた親の世代に影響を大きく受けている。そういう意味で私たちの世代もまだ戦後をひきずっていると言える。まだ戦後を生きている。現在深刻な犯罪が多いのは、日本社会の戦後の歩みの背景にある「家庭」の枠組みや機能の変化が大きく関係している。日本は戦争から心身ともに立ち直ったわけではない。身体的な空腹はおなかが「ぐう」となればすぐにわかるが、心が空腹はすぐにきがつくわけではない。

常軌を逸した不道徳な犯罪が後をたたないのはまさに日本人の「心」が崩壊しつつあるサインだ。法律を変えたって変わらない。人の中の「心」が変わらなければ何も変わらない。日本が戦後歩んだ道を全否定するのでないにしろ、歴史をもういちど見つめなおさないと。自分の家族との関係やこれまでの人生を省みて痛いところをほじくりだす作業は確かにつらい。でも、子どもや親の育て方や教師の質、テレビゲームを悪者にしていつまでも本質をみようとしない今の雰囲気がこれからも続くのならば、日本は自滅の道を転がる一方だと思う。

ネガティブな意見になってしまったけれど、こうやって吐き出すことで頭と心を整理して、今の状況と私たちの持つべき意識を考えていければいいと思う。とにかく何でも考えることが大事だと思う。今度は家庭教育についても、考えていることを書いていきたいと思う。


東京物語(1953) - goo 映画

2008年6月12日木曜日

大人が今、決めたことを背負うのは子ども (引用)

久しぶりの休日。朝からネットの世界を泳いでいたら、今日はいくつかの大変興味深いブログにたどり着くことができ、なかなか有意義な午前中をすごしています。

ひとつはてんつくマンという大方のブログです。もと吉本で山崎邦正さんとコンビを組んでいたという大変おもしろい方で世界をかけまわって活躍していらっしゃるようです。サポーター参加型の自主制作映画の上映会をしながら、植林活動や井戸作りを精力的に行っていらして、環境問題、世界の貧困問題、幅広くエネルギッシュに活動されていらっしゃいます。
すでに多くの方がこの方の活動のサポーターになって、かなり有名になっているらしいのに日本の情報収集不足で私は全然存知ませんでした。日本では環境NGOでボランティアしていたというのに、、、。行動が大事、とわかっていても、悲観要素が多すぎる今の日本の状況の中ではかれのように常にモチベーションを持ち続け、実際に行動しつづけ、人々を巻き紺でいく、というのはなかなかできることではありません。一筋の明るい光を観たようでとてもうれしくなりました。自分はあほです。楽しいからやっているだけです。と言い切っている真面目じゃないところも持続力の秘訣なのではと思います。どんな人も元気をもらえるのでいちどブログをのぞいてみることをおすすめします。

http://www.tentsuku.com/nikki/index.cgi


今日はタイトルに心を打たれた一つの日記を紹介します。
以下、イラクの子どもたちを通して考えたこと、六ヶ所村の核再処理施設の始動反対について取り上げられた日記の引用です。


大人が今、決めたことを背負うのは子供

一冊の本を借りた。
その本のタイトルは、
「私たちは いま イラクにいます」
文 シャーロット アルデブロン 13歳
写真 森住 卓
出版社 講談社

シャーロットは13歳。
勇気と誇りをもって読み上げた非戦メッセージです。

出来るだけ短く編集したので、読んで下さい。

イラクの国民は2400万人。
その半分の1200万人が15歳以下の子供です。

爆撃で殺されるのは、私のような子供です。

私は小学校で、友達と問題が起きたときに
乱暴したり、悪口を言ったりするのではなく、
私がどう感じているかを相手に伝え
話し合いで解決しましょう、と教えられました。

その人の行動が、
私にどれほどいやな思いをさせているかを
理解してもらうためです。

そうすれば、相手は私の気持ちがわかって
その行動をやめるでしょう。

いま私は、どう感じているかを伝えたいと思います。
ただし、私ではなく、私たちとして。

悪いことが起きるのをどうすることもできずに、
ただ待つしかない、イラクのすべての子供たちとして。

何ひとつ、自分達で決めることはできないのに、
その結果はすべて背負わなければならない、
世界中の子供たちとして。

声が小さすぎて、
遠すぎて、
届かない子供達として。

私たちは、明日も生きていられるかどうか
わからないことが、怖いのです。
殺されたり、傷つけられたり、
将来を奪われたりすることが、悔しいのです。
お父さんとお母さんが
明日もいてくれることだけで望みだなんて、悲しいのです。

そして、最後に。
私たちは途方にくれています。
私たち、何か悪いことをしたのでしょうか。

シャーロット アルデブロン

一番、響いた言葉は、

「何ひとつ、自分達で決めることはできないのに、
その結果はすべて背負わなければならない、
世界中の子供たちとして。」

っていう言葉やった。

すぐに、六ヶ所村の再処理工場のことや、
この前の八王子の選挙のことが浮かんだ。
が浮かんだ。
これは、イラクだけのことやないよな。
この前の選挙で八王子の投票率はめちゃくちゃ低かった。

大人達の60%が選挙にいかず、半数以下の大人達が決めたことを、
これから、100年先、1000年先の子供達が背負っていくことになる。

俺ら大人は、もう一回、
この命は、ずっとずっと繋がってきた命やということを
思い出す必要があるかもしれない。

そして、この命が選択したことを
ずっとずっと先に繋がる子供達が
背負っていくんだということを思い出す必要があるかもしれない。

今日の日記の最後は、
書籍「ロッカショ」の中から、
Mr Childrenの桜井さんのメッセージを紹介しよう。

ボクはたくさん間違ってきた。
きっとこれからも間違っていく。

威張れることじゃないけれど
側近のスタッフの名前が思い出せなかったり
コンサートで歌詞を間違えたり
車に乗れば道に迷い
車庫入れに失敗してミラーを壊したり
喧嘩したり
カッとなって、女性に手をあげたことだってあるし
大事な人を裏切ったり傷つけたり
数えあげたらきりがない。

もちろん、その都度反省し後悔をする。
でもね
また間違うんだ。

くれぐれもいっておく、開き直ってなんかない。

分かっていることがある。
何度も何度も間違うボクだけれど、
これだけは確信をもって言える。

「人は間違える」

そして

「予想しなかったことが起こる」

これが人生だ。

僕なりの結論。

「間違ってました」では、
どうにも許されないことがある。
「人は間違う」を前提にこのシステムは考えれている、
とあちら側の人は言うだろう。

でも 言ったそばから間違えるのが、
また「人」なのだと思う。

あまりにもリスクが高すぎる。

ここまで書き連ねたボクの考え方が間違いだったと
後悔する日が来るかもしれない。
そしたら、素直に謝ります。

さて
もし再処理工場側が間違いを
犯した場合。

もう取り返しはつかない。

桜井和寿


子供達には選択の権利がない。
特にこの再処理工場のことをマスコミはほとんど知らせない。
一部の大人達が、こっそりこっそりと、
莫大な税金を使い、莫大なリスクを背負って、
本格稼動させようとしている。

本格稼動すると

魚も
貝も
海草も
お米も
野菜も
果物も
多少なり汚染する。

一基の原発が一年かけて海や空に捨てる放射能を
六ヶ所村の再処理工場はたった一日で放出する。

本格稼動したら、それが毎日毎日。

心より、講談社が出してくれた書籍「ロッカショ」を
出来る限り、一人でも多くの人に届けたい!と思う。

また、随分と遅くなってしまったけど完成した
田中優さんが話しをしてくれ、僕が聞いた
「目をそらさないLOVE」というDVDを見てほしい。

坂本龍一さん、ミスチルの櫻井和寿さん、小林武さんが作った
AP BUNKの監事の田中優さん。

優さんの素晴らしさはわかりやすさ。
さらにアホなおいらが聞きなおしているので、
さらにいま、日本、世界、地球で起こっていることを
わかりやすく知ることが出来る。

事実だけではなく、
自分に出来ることを知ることが出来る。

とにかく一人でも多くの人に見てほしくて、
入れ物は安くして、1000円という価格にしました。
観たいという人はメールでご注文下さい。
info@teamgogo.net
「田中優&てんつくマンの目をそらさないLOV」E係までご注文下さい。
下記の内容を書いてメールを下さい。

名前:
住所:
電話番号:
何枚希望:
振込み日:
送料300円でお送りしますので、
1枚の人は1300円。
2枚の人は2300円となります。

お振込み先はこちらです。
四国労働金庫 内海出張所(うちのみ)
口座番号 3523175
口座名  TEAM GO GO 軌保 博光(のりやすひろみつ)

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この日記の全ての内容の無断転載・引用を禁止しています。
宣伝などで必要な時には、お気軽にご連絡下さい。
喜んで了承させていただきます。
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 @を@の半角にして送り下さい。

- 2008年2月8日(金)

2008年5月28日水曜日

女・大豆・書評。


頭痛、生理痛、低血圧、貧血、情緒不安、
全く不調を抱えない女性はいないのではないかと思います。


女性に欠かせないエストロゲンを摂取するため、私は毎朝しじみのお味噌汁を頂いています。
【写真はイメージです】

女性はホルモンの分泌状態が大きくへんかするために、女はちょっとしたことでバランスを失いやすい。

男と女の違いを決定するのは「ホルモン」だといえる。

女性ホルモンは、女を女たらしめているホルモンだ。だから、男が女を理解するには、このホルモンがどんな影響を及ぼしているのかを知らねばならない。

なかでも、もっとも大きな影響力を持つ女性ホルモンがエストロゲンである。
エストロゲンというホルモンが女性の一生をコントロールしているといってもいい。

と最近読んだ本にも書いてあった通り。


 大豆イソフラボンはこのエストロゲンと同様の作用をもたらす

というのは最近女性の間では常識のようになっています。わたしも知ってはいたのですが海外暮らしをしている人は相当意識していないとコンスタントに大豆製品をとりつづけるのは難しいです。

海外に暮らしている女性はからだが不調だな、と感じる前に大豆製品をたくさん摂取するように心がける
ことが大事です。


~~私が摂っている大豆製品とその入手先、食べ方~~  

 ・納豆   (エースマート)
        毎朝1パック  
 
 ・乾燥納豆(日本から持参)
        食べきってしまいましたが重宝しました。日本から来られる方お土産によろしくです。
 
 ・きな粉  (日本から持参)
        お砂糖と塩少々をまぜておやつ代わりにそのまま食べる。
        暖めた牛乳に蜂蜜と一緒に加えて飲む。
 
 ・豆乳   (中華食材店や普通のスーパーもしくは自然派の食材店)
        好きなときに好きなだけ飲む。(最低コップ一杯)中華食材店の最初からあまいやつが好き        です。NATURALIAナチュラリアにはBIOのものでチョコレート味なども置いてます。
       
 ・味噌汁  (エースマート) 
        私はしじみのお味噌汁がお気に入り。8食入りで1.5ユーロ。味噌を買って作っても良い         のですが、しじみとわかめとだしが最初から入っていて、小分けになっているのでいつもこ         れです。

 ・醤油   なるべく和食を作って醤油味にします。
   


海外では納豆やきなこは高くつきますが、いた仕方ない・・。
私は朝起きるのが急につらくなる日があって、その日以降は大事をとって食生活に極力の配慮をするようにしています。
納豆は毎日食べ始めたら3日くらいで朝起きるのがずいぶん楽になりました。効果抜群です。

そのほか体を温めるのも大切なのでいろいろ心がけてはいるのですが・・・

・生野菜のサラダを控えて体を温める根菜を多く摂るようにする

体がつらいとジャガイモの皮むきも面倒。

・カフェインを控える

朝はノンカフェインのコーヒー、でも一日町に出ていると一回はcafeでエスプレッソを飲んでしまう。

・乳製品を控える

もともと大好きだし、フランスでこれを守るのは無理とあきらめている。

と、なかなかどうして基本の鉄則をしっかり守れません。

いいといわれていることを全部やらなきゃいけないというわけではないし、教科書どおりには行かないのが人間、と出来る範囲で配慮しています。
今日はプルーンの大袋と玄米を探しに行きます。玄米はイタリアの無農薬のものが手に入り、とてもよいです。ドライフルーツやナッツ類は日本より求めやすくおいしいので大好きです。アーモンドも女性にはとてもよいそうです。ライフスタイルにあった摂取を心がければ良いのです。今度の日曜日はマルシェで袋詰めのドライフルーツを購入する予定。

男性陣には「そこまで気にすること?気の持ちよう、気合が足りん。」とかお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、それは明らかにまちがったひどい物言いです。自分の体をものさしとした自分勝手な主張です。たとえばデート中に女性が体調不良を訴えたら男性は彼女が少しでも早く家に帰るようにすべての予定を潔くあきらめることです。


私は上記のような主張を男性がすると
だったら女性特有の体の不調、情緒不安定、痛みを一度体験してみろ!!と言わずにいられません。

でも、根本的には多くの男性が女性と男性の体の違いを正しく知らないことが問題だという見解にいたっています。

そんな女性の理解に乏しい人はまず、先ほど紹介の本でも読んで女性の体と男性の体の違いを
知らせてあげなければ今以上の理解を得るのは無理でしょう。

この本「女はなぜ突然怒りだすのか?」(姫野友美 著 角川)は女性が男性の視点ももって書いているので題名からして男性が共感感情にうったえるものになっていますが医学博士の意見はさすがに的を得ています。

例えば

「女はなぜ、男を困らせるわがままをわざと言うのか?」
「女はなぜ、恐ろしいほどに男の浮気をかぎつけるのか?」

というトピックがあります。大変読みやすいので男性は興味のある章だけでなく女性の体についての説明もしっかり頭に入れてください。
そして付け焼刃の知識でもよいので最大限のいたわりと優しさをもって接してください。

2008年5月16日金曜日

フランス語でタイプするためのプチ努力

日本のパソコンのキーボードにフランス語のアルファベットの位置をシールで貼り付けました。

フランス語のアルファベにはローマ字のアルファベットにはないものもあるし、もともと文字の位置が
違うのが結構あり、数字は常にシフトを押さないといけません。記号にいたっては日本語でもよく把握していないのにさらに混乱させられるのです。。。

フランス語を打つのはかなり億劫でしたが必要に迫られることが多々あるし、êéè等のややこしいつづりもパソコンでたくさん打つうちに覚えるかもしれない、と考えたのです。

これでフランス語のタイプ速度と正確性が少しでも向上できるとよいのですが。

やりっぱなしにならないように、時々はフランス語の文章を打って翻訳したものやフランス語で書いた文章をブログに載せようと思います。

2008年5月14日水曜日

癒し

最近ブログの更新ペースに翳りが見え始め、ランキング順位も後退、、、。
なぜかというと学校の入学手続きのための書類作成に時間をとられているからなのです。

この写真は 「きーーーっ」 となりそうな時の私へ癒しのために。

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