- 幼稚園の先生には言われなかったが、自分の子が友達をたたいてしまったらしいことを他の子どもから聞いた場合、当事者の子どもと親にはどうアプローチしたらいいか。
2008年8月11日月曜日
子育ての悩みQ&A 園でのトラブル
2008年8月10日日曜日
子育ての悩みQ&A 食事について
・幼稚園ではゆっくり食べる子どもはどうしているか?自分の子どものようなケースはあるか?
ゆっくり食べるこどもはいますが、もともと食べるのに時間がかかる子、友達とのおしゃべりが多くて進みの遅い子、いろいろな子がいます。幼稚園では決まった生活の流れがあり、後の活動のことなど考えるとどうしても時間の制限があるので、たいていは時間がきたらお弁当をしまわなければいけないことを伝えて、もし食べる意欲がある子ならば時間の許す限りは食べさせます。単に食べ方の問題であれば、お弁当を食べやすい形にきってもらうよう保護者と話すこともあります。いつも食べるのが早いのに、今日は時間がかかる、という場合にはお弁当の前になにかしらのトラブルで気分が乗らない、ということもよくあります。もともと食欲にムラがある子も居ますので個々の様子をみていちばんいいと思われる援助を考えます。それから「ゆっくり食べる」、といえば幼稚園ではおやつに1人1つずつさくらんぼを渡すと、たいていクラスに1人か2人くらいは、口のなかでかまずにとっておいて、みんなが食べ終わった頃に友達に口を見せびらかして食べる、という子がいます・・・。
ゆっくり食べるこどもはいますが、もともと食べるのに時間がかかる子、友達とのおしゃべりが多くて進みの遅い子、いろいろな子がいます。幼稚園では決まった生活の流れがあり、後の活動のことなど考えるとどうしても時間の制限があるので、たいていは時間がきたらお弁当をしまわなければいけないことを伝えて、もし食べる意欲がある子ならば時間の許す限りは食べさせます。単に食べ方の問題であれば、お弁当を食べやすい形にきってもらうよう保護者と話すこともあります。いつも食べるのが早いのに、今日は時間がかかる、という場合にはお弁当の前になにかしらのトラブルで気分が乗らない、ということもよくあります。もともと食欲にムラがある子も居ますので個々の様子をみていちばんいいと思われる援助を考えます。それから「ゆっくり食べる」、といえば幼稚園ではおやつに1人1つずつさくらんぼを渡すと、たいていクラスに1人か2人くらいは、口のなかでかまずにとっておいて、みんなが食べ終わった頃に友達に口を見せびらかして食べる、という子がいます・・・。
2008年8月8日金曜日
おしゃべり会「親のストレス、子のストレス」
8月8日(金)の外遊びの会の活動内容の記録です。
10時半から11時半までwolvendael公園での外遊び。
午後、おしゃべり会をしました。おしゃべり会は
「親のストレス、子のストレス」
がテーマでした。はじめてお会いした方も多かったにもかかわらず、皆さん気さくにお話してくださったので、最後までとてもなごやかな雰囲気で、濃い時間を過ごすことができ ました。ご参加くださった方、私の拙い話におつきあいくださりほんとうにどうもありがとうございました。以下にまとめました。感想などお気軽にお寄せください。

さて、おしゃべり会には未就学児、未就園児の保護者9名と私の計10名が参加しました。
お弁当を食べながら、日本とベルギー、フランスの幼稚園のすでにおしゃべりが始まり、そのままおやつ休憩を挟んで午後3時まで。あっという間に時間が過ぎました。
参加者の方々は当事者だけあって、ご自分の感じているストレスについて、日常生活の様子を多くの方がリアルに語ってくださいました。
以下、事前に参加者みなさんに考えていただいた質問にあてはめながらまとめてみました。
□子どもとの生活の中でストレスを感じるとき
・食事にものすごく時間がかかる。皿を下げようとすると怒る。
・他のこどもに手を出してしまう。
・エネルギーがあり余って困る。
・寝かしつけるとき
□ストレスの原因
・できるのにやらない(一人で食べられるのに食べない)
・他の子どもに手を出すので困る
・エネルギーがありすぎてつきあっていると疲れる
・長い時間腕や胸をさすられ続ける
□ストレスをなくすにはどうしたらいいと思うか?(問題にどう対処しているか)
・いろいろ工夫はするものの効き目が無い。一人で出来ることも、やってほしいと子どもが言うときは手伝ってあげてよいのだろうか?
・どうしたいいのかわからないのでずっとストレス。
・食べ終わるまでそのままにしておくがどうしたらいいかわからない。
・もって生まれた気質なので、なるべく友達とエネルギーを発散させられるように遊ばせるようにしているがどうにかもっと落ち着かないかとは思っている。
・つい手をはらってしまうが、後にトラウマにならないかと心配ではある。親がとことん我慢すればいいのか?
ということで、一時的なことよりも、日々繰り返し現れる「子どもの困った生活態度」が、長い間改善されないことによりストレス状態にある方がほとんどでした。
お話を聞きながら、子どもの側のストレスに目を向けて解決の糸口を考えていきました。
ほとんどのケースは、お母さんにとってのこどもの「気になる生活態度」「問題行動」の裏側に、「お母さんにもっと甘えたい」「愛情を確認したい」という子ども側のストレス(愛情に対する欲求不満)があるように感じられました。
とはいっても、みなさん子どもに愛情を注いでいないようには決して見えないのです。むしろ外遊びの会に参加されるくらいですから、自分の子どもにとって良いことことをいつも考えている愛情たっぷりのお母さんたちだと思うのです。
では、なぜ子どもたちはもっともっととお母さんを求めるのでしょうか?
根拠はありませんが、幼稚園でたくさんの子どもをみてきた先生たちの意見が一致したことがあります。それは「子どもの『愛情の器』の大きさは人それぞれ」ということ。もしくは器の100パーセントで満足する子もいれば、50パーセントでも満ち足りる子、120パーセントでも満足しない子がいるということです。親が「もうこれくらいで充分だろう」と思ってもこどもが「充分愛情を受けた」と思っていなければ、その子は欲求不満なわけです。
実際、参加した方のお子さんのなかには一時間くらいなら平気で本を読んで静かに遊んでいる子もいれば、「この子と居るときは一人の時間なんて絶対に持てない」というくらいべったりな子もいて、もって生まれた気質がそれぞれの子にあることは満場一致でした。
「ではもっと付き合ってあげるのがいいの? さすがに付き合いきれない。くたくたになってしまう。」
という声もあがりました。
私はお母さんが頑張りすぎたり、無理をすることは、後で疲れてよくない結果になったり、長く続けることができなくなってしまうことにつながると思います。完璧なお母さんなんていませんから、無理をせず、出来るところからはじめる、くらいのつもりで根気よく子どもと付き合っていくほうがいい結果になるのではないかと思います。
それから日常的ではないけれど、
「一体どうしたらいいのかわからなくて困っている。」
「こうかな?と思って対応しているけれど本当にこれでいいのか自信がない」
というさまざまな生活場面でのお母さん方の悩み、質問もたくさんでました。以下に思い出せる範囲で参加者の声をまとめてみました。
私は「親がストレスを感じているとき、子どももストレスを感じている。」という視点を前提にして、親がストレスを感じているときの子どもの側のストレスに ついてそれぞれのケースで推測できる限りのところをお話しました。(クリックして質問への答えに飛べるように準備中。)
どんなストレス(悩み)も「子ども側のストレス」を親が改善したり、やわらげたりすることで、状況が良くなるはずです。たいていの場合、子どもの気になる行動、問題行動は、じつは子どものストレスの表れで、無意識のサインともいえます。でもそこになかなか気がつけないために行き詰っているお母さんたちがストレスを感じているということではないでしょうか。
10時半から11時半までwolvendael公園での外遊び。
午後、おしゃべり会をしました。おしゃべり会は
「親のストレス、子のストレス」
がテーマでした。はじめてお会いした方も多かったにもかかわらず、皆さん気さくにお話してくださったので、最後までとてもなごやかな雰囲気で、濃い時間を過ごすことができ ました。ご参加くださった方、私の拙い話におつきあいくださりほんとうにどうもありがとうございました。以下にまとめました。感想などお気軽にお寄せください。

これは去年の夏のwolvendael公園の風景です。天気はこんな感じでした。レインコートで雨のお散歩を楽しんでいるのは外遊びの会の子どもたちです。ちょっとくらいの雨ならレインコートを着て外に出かけます。雨の匂いや音、雨にぬれていっそう美しい緑の公園を散歩するのも楽しいものです。
さて、おしゃべり会には未就学児、未就園児の保護者9名と私の計10名が参加しました。
お弁当を食べながら、日本とベルギー、フランスの幼稚園のすでにおしゃべりが始まり、そのままおやつ休憩を挟んで午後3時まで。あっという間に時間が過ぎました。
参加者の方々は当事者だけあって、ご自分の感じているストレスについて、日常生活の様子を多くの方がリアルに語ってくださいました。
以下、事前に参加者みなさんに考えていただいた質問にあてはめながらまとめてみました。
□子どもとの生活の中でストレスを感じるとき
・食事にものすごく時間がかかる。皿を下げようとすると怒る。
・他のこどもに手を出してしまう。
・エネルギーがあり余って困る。
・寝かしつけるとき
□ストレスの原因
・できるのにやらない(一人で食べられるのに食べない)
・他の子どもに手を出すので困る
・エネルギーがありすぎてつきあっていると疲れる
・長い時間腕や胸をさすられ続ける
□ストレスをなくすにはどうしたらいいと思うか?(問題にどう対処しているか)
・いろいろ工夫はするものの効き目が無い。一人で出来ることも、やってほしいと子どもが言うときは手伝ってあげてよいのだろうか?
・どうしたいいのかわからないのでずっとストレス。
・食べ終わるまでそのままにしておくがどうしたらいいかわからない。
・もって生まれた気質なので、なるべく友達とエネルギーを発散させられるように遊ばせるようにしているがどうにかもっと落ち着かないかとは思っている。
・つい手をはらってしまうが、後にトラウマにならないかと心配ではある。親がとことん我慢すればいいのか?
ということで、一時的なことよりも、日々繰り返し現れる「子どもの困った生活態度」が、長い間改善されないことによりストレス状態にある方がほとんどでした。
お話を聞きながら、子どもの側のストレスに目を向けて解決の糸口を考えていきました。
ほとんどのケースは、お母さんにとってのこどもの「気になる生活態度」「問題行動」の裏側に、「お母さんにもっと甘えたい」「愛情を確認したい」という子ども側のストレス(愛情に対する欲求不満)があるように感じられました。
とはいっても、みなさん子どもに愛情を注いでいないようには決して見えないのです。むしろ外遊びの会に参加されるくらいですから、自分の子どもにとって良いことことをいつも考えている愛情たっぷりのお母さんたちだと思うのです。
では、なぜ子どもたちはもっともっととお母さんを求めるのでしょうか?
根拠はありませんが、幼稚園でたくさんの子どもをみてきた先生たちの意見が一致したことがあります。それは「子どもの『愛情の器』の大きさは人それぞれ」ということ。もしくは器の100パーセントで満足する子もいれば、50パーセントでも満ち足りる子、120パーセントでも満足しない子がいるということです。親が「もうこれくらいで充分だろう」と思ってもこどもが「充分愛情を受けた」と思っていなければ、その子は欲求不満なわけです。
実際、参加した方のお子さんのなかには一時間くらいなら平気で本を読んで静かに遊んでいる子もいれば、「この子と居るときは一人の時間なんて絶対に持てない」というくらいべったりな子もいて、もって生まれた気質がそれぞれの子にあることは満場一致でした。
「ではもっと付き合ってあげるのがいいの? さすがに付き合いきれない。くたくたになってしまう。」
という声もあがりました。
私はお母さんが頑張りすぎたり、無理をすることは、後で疲れてよくない結果になったり、長く続けることができなくなってしまうことにつながると思います。完璧なお母さんなんていませんから、無理をせず、出来るところからはじめる、くらいのつもりで根気よく子どもと付き合っていくほうがいい結果になるのではないかと思います。
それから日常的ではないけれど、
「一体どうしたらいいのかわからなくて困っている。」
「こうかな?と思って対応しているけれど本当にこれでいいのか自信がない」
というさまざまな生活場面でのお母さん方の悩み、質問もたくさんでました。以下に思い出せる範囲で参加者の声をまとめてみました。
私は「親がストレスを感じているとき、子どももストレスを感じている。」という視点を前提にして、親がストレスを感じているときの子どもの側のストレスに ついてそれぞれのケースで推測できる限りのところをお話しました。(クリックして質問への答えに飛べるように準備中。)
- 食事について
- 園でのトラブルについて
- おもちゃの貸し借りについて
- ブランコの交代について
- 順番を待つことについて
- こどもにとって遊びとはどんな意味があるのか。
どんなストレス(悩み)も「子ども側のストレス」を親が改善したり、やわらげたりすることで、状況が良くなるはずです。たいていの場合、子どもの気になる行動、問題行動は、じつは子どものストレスの表れで、無意識のサインともいえます。でもそこになかなか気がつけないために行き詰っているお母さんたちがストレスを感じているということではないでしょうか。
外遊びの会 おしゃべり会
外遊びの会の8月8日午後のおしゃべり会の詳細です。
参加される方はご一読ください。
テーマ「親のストレス、子のストレス」
今回は既に感じている子育てストレスに向き合い、親子の関係を見つめなおすためのおしゃべり会です。
お子さんとの毎日の中で
「なんだか上手くいっていないけれど、どうしたらいいかわからない」
という生活のシーンは誰にもあるのではないかと思います。
そんな時、親だけでなく、子どもも又歯がゆい思いを感じているものです。
そのような日々の「はがゆさ」は親だけでなく、子どもにも大きなストレスとなって、さまざまな問題行動のおおもとになることが多々あります。
たとえば赤ちゃん返りは弟が生まれて親にかまってもらえる時間が急に少なくなったことが原因だったりします。
私は日本の幼稚園で出会ったたくさんの親子の姿を基に、「不器用な子のケース」、「頑張りやさんのケース」などよくあるケースについてなどお話する予定で す。育児のストレス(悩み)に関することでしたらリクエストも受け付けます。リクエストは加藤さんにメールしてください。参加者のみなさんはその場で質問 や我が家の 場合など子育てのストレスについてなんでもお話ください。
☆参加にあたっては以下のことをなんとなくでも良いので事前に考えてお越しください。より良い時間を過ごせると思います。
(具体的なストレスの内容やお悩みをお話くだされば、その分具体的で役立つ意見が聞けるかもしれませんが、人に言えない悩みを無理にみなさんに公表する必要はありません。より実り多い時となるようにするための心の準備です。)
□子どもとの生活の中でストレスを感じる時はどんな時ですか?
□ストレスの原因は?
□ストレスを感じたときどうしていますか?(発散、我慢、爆発?)
□ストレスをなくすにはどうしたらいいと思いますか?
□お子さんはどんな時にストレスを感じていると思いますか?
□ストレスの原因は?
□お子さんはストレスを感じたときどうしていますか?
□お子さんのストレスをなくすにはどうしたらいいと思いますか?
参加される方はご一読ください。
テーマ「親のストレス、子のストレス」
今回は既に感じている子育てストレスに向き合い、親子の関係を見つめなおすためのおしゃべり会です。
お子さんとの毎日の中で
「なんだか上手くいっていないけれど、どうしたらいいかわからない」
という生活のシーンは誰にもあるのではないかと思います。
そんな時、親だけでなく、子どもも又歯がゆい思いを感じているものです。
そのような日々の「はがゆさ」は親だけでなく、子どもにも大きなストレスとなって、さまざまな問題行動のおおもとになることが多々あります。
たとえば赤ちゃん返りは弟が生まれて親にかまってもらえる時間が急に少なくなったことが原因だったりします。
私は日本の幼稚園で出会ったたくさんの親子の姿を基に、「不器用な子のケース」、「頑張りやさんのケース」などよくあるケースについてなどお話する予定で す。育児のストレス(悩み)に関することでしたらリクエストも受け付けます。リクエストは加藤さんにメールしてください。参加者のみなさんはその場で質問 や我が家の 場合など子育てのストレスについてなんでもお話ください。
☆参加にあたっては以下のことをなんとなくでも良いので事前に考えてお越しください。より良い時間を過ごせると思います。
(具体的なストレスの内容やお悩みをお話くだされば、その分具体的で役立つ意見が聞けるかもしれませんが、人に言えない悩みを無理にみなさんに公表する必要はありません。より実り多い時となるようにするための心の準備です。)
□子どもとの生活の中でストレスを感じる時はどんな時ですか?
□ストレスの原因は?
□ストレスを感じたときどうしていますか?(発散、我慢、爆発?)
□ストレスをなくすにはどうしたらいいと思いますか?
□お子さんはどんな時にストレスを感じていると思いますか?
□ストレスの原因は?
□お子さんはストレスを感じたときどうしていますか?
□お子さんのストレスをなくすにはどうしたらいいと思いますか?
ブリュッセルビーチ 「こどもは地球で遊ぶ」
ブリュッセルの夏のイベントの一つ「BRUXELLES LES BAIN (仏語)/BRUSSEL BAD(蘭語)」にいってきました。ここは外遊びの会の活動で、去年も行きました。
今回も遊歩道沿いの各国屋台が楽しみなのもあって外遊びの会のみなさんにくっついて行って来ました。
このブリュッセルビーチ、パンフレットには今年で6回目とありました。残念なことにカメラを忘れてしまったので写真は上のサイトから去年の様子をのせました。
写真でみてわかるようにビーチと言っても、人工の砂浜を川沿いの遊歩道につくってあるだけです。
パリプラージュのまねをして、最近ではどこの都市でも同じようなイベントが開催されていると聞きました。
スチームミストがでる場所があるので、幼稚園児くらいの子どもにはちょうど良い水遊びの場所です。
これも去年の写真で、やしの木のようなデザインは今年は無く、もっと簡素な銀のバーのスチームミストでしたが、とても暑い日で、浜辺にいるような雰囲気は楽しむことが出来ました。ミストのあたりはこどもたちで大変にぎわっていました。プールなどもなく、水が使えないのでさらさらの砂はちょっとくずれやすいのですが、こどもたちはみんなとりつかれたかのように砂遊びにも没頭しました。ちいさな日陰に座って暑さをすこしでもしのごうとする大人たちとは対照的に、顔を真っ赤にしてしゃがみこみ、砂遊びに夢中のこどもたちは暑さもわすれて砂と戯れていました。水と砂があれば高級なおもちゃなんてなんにも必要ないんですね。まさに「地球で遊ぶ」子どもたちでした。
大変暑かったのですが、外遊びの会の子どもたちと触れ合いたかったので、わたしも砂遊びに参加しました。ずっとしゃがんでいたために背中は真っ赤になってしまいましたが、子どもたちの経験の差が砂との付き合い方に如実に現れていて、一人ひとりのこどもたちの遊びの経験の多い、少ないが本当によくわかりました。得るものは大きかったので変な形の日焼けの跡くらいたいしたことではありません。最後は肩で連結し、電車ごっこ。近くで遊んでいたベルギー人の女の子も加わって7両編成くらいの電車になりました。あー楽しかった。
2008年8月7日木曜日
外遊びの会 親子にじみ絵ワークショップ
ブリュッセルの「外遊びの会」で8月4日に行った「親子にじみ絵ワークショップ」の様子です。

少し前のトピックでお知らせした「親子でにじみ絵ワーク」の事後報告です。
ワークショップには外遊びの会の会員親子10組が参加しました。
会員の希望者ですぐに定員になっていたこと、私のブログの読者にほとんど該当者はいないこともあって、お知らせではなく事後報告で記録しておくことにしました。
「青い小鳥」と「黄色の小鳥」が子どもたちに「お話のできる絵の具」をプレゼントしてくれました。
こどもたちはお母さんと筆と絵の具でお話をするイメージで描き出しました。
「お母さん、ここに描いたらだめよ~!!」
「なんで~?お母さんここに描きたいのに。」
全体的にはとても落ち着いた雰囲気。穏やかで幸福な時間でした。
にじみ絵は8組の親子が初めての体験でした。画用紙は市販の薄めのA3、絵の具は植物性のシュトックマーを使いました。紙は大きめのたらいを使って水に浸しました。ボードはDIYショップで大きなベニヤ板をちょうどいい大きさにカットしてもらったものを使いました。耐水性の面でプラスチックの板のほうが向いていますが高くつくのが難点です。

後半はお母さん同士で描くペアも。
親子のペアはきれいな緑色が自然に生まれます。
母と子の距離の近さ、というか「一体感」が感じられ、大変興味深かったです。
他人同士は色が混ざるのに時間がかかることが多いのです。
色は親子で相談して好きなほうを選びます。途中で交代する親子もありました。
筆を洗うための水で遊んでいるところ。今回は単色なので色はあまり混ざりませんでしたが、それでも子どもは水の色が変化するのに大変な興味を示している子もいました。この子のほっぺたが青いのはお母さんとフェイスペイントをして遊んだから。思い切り楽しむには絵の具がついても気にならない服を用意すること、それから少しくらい汚れても気にしないことです。
ガラスの瓶は取り扱いに注意が必要ですが、色の変化を楽しむには好都合です。筆や瓶をを洗って片付けるのも遊びのうちです。大人とペアを組むことで絵の具の取り扱いについて留意する必要が少なかったのでその点はとてもスムーズでした。場所と道具さえあればもう何組か増えても一度にできそうです。
目的と経緯
ちなみに、今回のワークショップの目的は「親子で楽しい時間を過ごすこと」でした。お母さんが自分の子どもと一緒に、対等な立場で遊べるようにという祈りからです。
「会話をするように一筆ずつ順番に描く」というルールは子どもと親との対等なふれあいを生むのではという予想があり、去年絵画療法のスタージュに行った際に体験したペアでのにじみ絵体験を親子ペアにアレンジしてやってみることにしました。
感想
今回一番印象的だったのは「お母さん、次描いていいよ~」と母親のほうを振り返る子どもの安らいだ笑顔です。親が描いた線の上を同じようになぞる、色の上に色を重ねる、という子どもが大半で、きれいな緑色に仕上がるペアが多かったのが大変興味深かったです。親子は(心理的な)距離がとても近いのですね。子どもの無意識が表れ出たようでした。言葉での会話がうまくかみ合わないと感じている親子やこどもと自分との心理的な距離を知りたいと言う場合に有効なのではと思いました。
また、子どもが絵を描いているとき、「こんな風に描いてみたら?」、「こんどは黄色を使ってみたら?」、「筆は優しく扱いなさい」とかつい言ってしまいがちな方は普通の絵の具でかまいません、絵の具での対話を試してみてください。参加してくださったお母様方、本当にありがとうございました。感想やご意見が大変励みになります、コメントにてお気軽に送って下さいね。
にじみ絵
にじみ絵はシュタイナー幼稚園や小学校で子どもたちが親しんでいる絵画表現です。私がフランスで通っているアトリエや学ぼうと思っている絵画療法もこの手法のものです。翻訳途中の資料があったりして、まだこのブログではまだにじみ絵に関して書ききれていないのがはがゆいのですが、今後も関連ページを増やしていく予定です。現在までの関連ページはブログ右端「パリでシュタイナー」のラベルにまとめてありますのでお時間があればご覧下さい。

少し前のトピックでお知らせした「親子でにじみ絵ワーク」の事後報告です。
ワークショップには外遊びの会の会員親子10組が参加しました。
会員の希望者ですぐに定員になっていたこと、私のブログの読者にほとんど該当者はいないこともあって、お知らせではなく事後報告で記録しておくことにしました。
「青い小鳥」と「黄色の小鳥」が子どもたちに「お話のできる絵の具」をプレゼントしてくれました。
こどもたちはお母さんと筆と絵の具でお話をするイメージで描き出しました。
「お母さん、ここに描いたらだめよ~!!」「なんで~?お母さんここに描きたいのに。」
全体的にはとても落ち着いた雰囲気。穏やかで幸福な時間でした。
にじみ絵は8組の親子が初めての体験でした。画用紙は市販の薄めのA3、絵の具は植物性のシュトックマーを使いました。紙は大きめのたらいを使って水に浸しました。ボードはDIYショップで大きなベニヤ板をちょうどいい大きさにカットしてもらったものを使いました。耐水性の面でプラスチックの板のほうが向いていますが高くつくのが難点です。
後半はお母さん同士で描くペアも。
親子のペアはきれいな緑色が自然に生まれます。母と子の距離の近さ、というか「一体感」が感じられ、大変興味深かったです。
他人同士は色が混ざるのに時間がかかることが多いのです。
色は親子で相談して好きなほうを選びます。途中で交代する親子もありました。
筆を洗うための水で遊んでいるところ。今回は単色なので色はあまり混ざりませんでしたが、それでも子どもは水の色が変化するのに大変な興味を示している子もいました。この子のほっぺたが青いのはお母さんとフェイスペイントをして遊んだから。思い切り楽しむには絵の具がついても気にならない服を用意すること、それから少しくらい汚れても気にしないことです。
ガラスの瓶は取り扱いに注意が必要ですが、色の変化を楽しむには好都合です。筆や瓶をを洗って片付けるのも遊びのうちです。大人とペアを組むことで絵の具の取り扱いについて留意する必要が少なかったのでその点はとてもスムーズでした。場所と道具さえあればもう何組か増えても一度にできそうです。目的と経緯
ちなみに、今回のワークショップの目的は「親子で楽しい時間を過ごすこと」でした。お母さんが自分の子どもと一緒に、対等な立場で遊べるようにという祈りからです。
「会話をするように一筆ずつ順番に描く」というルールは子どもと親との対等なふれあいを生むのではという予想があり、去年絵画療法のスタージュに行った際に体験したペアでのにじみ絵体験を親子ペアにアレンジしてやってみることにしました。
感想
今回一番印象的だったのは「お母さん、次描いていいよ~」と母親のほうを振り返る子どもの安らいだ笑顔です。親が描いた線の上を同じようになぞる、色の上に色を重ねる、という子どもが大半で、きれいな緑色に仕上がるペアが多かったのが大変興味深かったです。親子は(心理的な)距離がとても近いのですね。子どもの無意識が表れ出たようでした。言葉での会話がうまくかみ合わないと感じている親子やこどもと自分との心理的な距離を知りたいと言う場合に有効なのではと思いました。
また、子どもが絵を描いているとき、「こんな風に描いてみたら?」、「こんどは黄色を使ってみたら?」、「筆は優しく扱いなさい」とかつい言ってしまいがちな方は普通の絵の具でかまいません、絵の具での対話を試してみてください。参加してくださったお母様方、本当にありがとうございました。感想やご意見が大変励みになります、コメントにてお気軽に送って下さいね。
にじみ絵
にじみ絵はシュタイナー幼稚園や小学校で子どもたちが親しんでいる絵画表現です。私がフランスで通っているアトリエや学ぼうと思っている絵画療法もこの手法のものです。翻訳途中の資料があったりして、まだこのブログではまだにじみ絵に関して書ききれていないのがはがゆいのですが、今後も関連ページを増やしていく予定です。現在までの関連ページはブログ右端「パリでシュタイナー」のラベルにまとめてありますのでお時間があればご覧下さい。
2008年8月2日土曜日
映画から考える戦後の日本家庭
小津作品がとても気に入っている。
日本の映画の名作の一つに数えられる傑作。
雰囲気はサザエさんの実写版のような昭和の日本の普通の風景、人生が描かれている。
「東京物語」は
戦後8年の日本の縮図のような作品。高齢化と核家族化の問題を先取りしている。
尾道の老夫婦が息たちの顔をみに東京へと向かう。
(東京と言っても老夫婦が身を寄せた町医者の息子の家は下町で、東の端っこの北千住、牛田駅のあたり)
千住大橋と荒川の土手、今は無き真っ黒の煙を吐き出すおばけ煙突が見えた。
ふた世代時代は違うけれど、このあたりに私の母の実家があり、私はここで生まれた。
たまたまそんなこともあったので一気に映画にひきつけられてしまった。
(映画のあらすじ)
上京して自立した子どもたちはみな元気にしていて医者だったり美容院経営など忙しく日々を送りながらもよく働き、立派に自立して家族を持っていた。汽車で長い道のりをやってきた老夫婦をそれぞれ迎え入れる息子たち。邪魔だ、と口には出さないまでも、どこか形式的で温かみに欠けている息子たちの雰囲気を感じさせる。もちろん老夫婦もそれを感じるものの、「これでもずいぶん仕合せなほうさね。」「みんなの顔がみれてよかった。」と満足する。いたって謙虚でつつましい姿が切なかった。
そんな中、戦死した息子の妻がただ一人、楽ではないやもめの生活をおしてこの老夫婦を精一杯もてなした。
(映画の感想)
特に、おばあちゃんがのりこさんの家に泊めてもらった日ののりこさんとの夜の2人の会話と、お葬式の帰り際のおじいさんとのりこさんの会話のあたりがすごく良かった。
映画の後半からヒロインはこののりこさんという戦争で夫を亡くした女性にシフトした。原節子さんが演じるのりこさんはとても美しく、立ち居振る舞いが美しく魅せられる。
全体を通して綺麗な言葉遣い、老夫婦のゆったりしたしゃべりも見所だと思う。
(変わりはじめた家族形態)
この当時は核家族という形ができたころで、親の危篤に立ち会うことすらできなくなってしまった(当時の)現代のせちがらさを描いているのではないかと思う。
当時本家で何世代もが同居するスタイルからの核家族の誕生は「家族の崩壊」と写ったかもしれない。現代はどうかというと、この核家族という形はもはや当たり前であるのは言わずもがな、私たちの生きる現代ではこの核家族が崩壊の危機にある状態。老人をすみに追いやって好き勝手やっている世代の子どもが私の世代だ。杉本春子が演じる自分勝手な娘だって、一応は兄弟と相談してお金を出して熱海につれていってやったりするのだから、「なんてまともで親切な娘だ」と思えるくらいだ。つまりそれくらい私たちの親へのいたわりや尊敬の念は失われてしまったということだろう。そういうことを自覚し、自分の生き方までも考えさせられる映画だ。
戦後の日本はこんな風にお年寄りを地方に残し、都会に出て必死で稼いで、稼いで 親の死に目にも合えず働いて、という家族が増えた。そして日本の経済はものすごく成長した。そして食べるのにほとんど誰も苦労せず、物質にも恵まれた生活を送れるようになった。戦争で食べるものがなかったのだから、とりあえず豊かになりたかった。そして物は豊かになった。
では心はどうだろう。豊かに暮らせるようになった喜びでここまで気がつかないフリをしてなんとかきてしまったが、心に余裕の無い家族が増え、家庭内には親と子のひずみが生じたのではないか。今の私たちの世代の心はその親の世代に、その親はそのまた親の世代に影響を大きく受けている。そういう意味で私たちの世代もまだ戦後をひきずっていると言える。まだ戦後を生きている。現在深刻な犯罪が多いのは、日本社会の戦後の歩みの背景にある「家庭」の枠組みや機能の変化が大きく関係している。日本は戦争から心身ともに立ち直ったわけではない。身体的な空腹はおなかが「ぐう」となればすぐにわかるが、心が空腹はすぐにきがつくわけではない。
常軌を逸した不道徳な犯罪が後をたたないのはまさに日本人の「心」が崩壊しつつあるサインだ。法律を変えたって変わらない。人の中の「心」が変わらなければ何も変わらない。日本が戦後歩んだ道を全否定するのでないにしろ、歴史をもういちど見つめなおさないと。自分の家族との関係やこれまでの人生を省みて痛いところをほじくりだす作業は確かにつらい。でも、子どもや親の育て方や教師の質、テレビゲームを悪者にしていつまでも本質をみようとしない今の雰囲気がこれからも続くのならば、日本は自滅の道を転がる一方だと思う。
ネガティブな意見になってしまったけれど、こうやって吐き出すことで頭と心を整理して、今の状況と私たちの持つべき意識を考えていければいいと思う。とにかく何でも考えることが大事だと思う。今度は家庭教育についても、考えていることを書いていきたいと思う。
東京物語(1953) - goo 映画
日本の映画の名作の一つに数えられる傑作。
雰囲気はサザエさんの実写版のような昭和の日本の普通の風景、人生が描かれている。
「東京物語」は
戦後8年の日本の縮図のような作品。高齢化と核家族化の問題を先取りしている。
尾道の老夫婦が息たちの顔をみに東京へと向かう。
(東京と言っても老夫婦が身を寄せた町医者の息子の家は下町で、東の端っこの北千住、牛田駅のあたり)
千住大橋と荒川の土手、今は無き真っ黒の煙を吐き出すおばけ煙突が見えた。
ふた世代時代は違うけれど、このあたりに私の母の実家があり、私はここで生まれた。
たまたまそんなこともあったので一気に映画にひきつけられてしまった。
(映画のあらすじ)
上京して自立した子どもたちはみな元気にしていて医者だったり美容院経営など忙しく日々を送りながらもよく働き、立派に自立して家族を持っていた。汽車で長い道のりをやってきた老夫婦をそれぞれ迎え入れる息子たち。邪魔だ、と口には出さないまでも、どこか形式的で温かみに欠けている息子たちの雰囲気を感じさせる。もちろん老夫婦もそれを感じるものの、「これでもずいぶん仕合せなほうさね。」「みんなの顔がみれてよかった。」と満足する。いたって謙虚でつつましい姿が切なかった。
そんな中、戦死した息子の妻がただ一人、楽ではないやもめの生活をおしてこの老夫婦を精一杯もてなした。
(映画の感想)
特に、おばあちゃんがのりこさんの家に泊めてもらった日ののりこさんとの夜の2人の会話と、お葬式の帰り際のおじいさんとのりこさんの会話のあたりがすごく良かった。
映画の後半からヒロインはこののりこさんという戦争で夫を亡くした女性にシフトした。原節子さんが演じるのりこさんはとても美しく、立ち居振る舞いが美しく魅せられる。
全体を通して綺麗な言葉遣い、老夫婦のゆったりしたしゃべりも見所だと思う。
(変わりはじめた家族形態)
この当時は核家族という形ができたころで、親の危篤に立ち会うことすらできなくなってしまった(当時の)現代のせちがらさを描いているのではないかと思う。
当時本家で何世代もが同居するスタイルからの核家族の誕生は「家族の崩壊」と写ったかもしれない。現代はどうかというと、この核家族という形はもはや当たり前であるのは言わずもがな、私たちの生きる現代ではこの核家族が崩壊の危機にある状態。老人をすみに追いやって好き勝手やっている世代の子どもが私の世代だ。杉本春子が演じる自分勝手な娘だって、一応は兄弟と相談してお金を出して熱海につれていってやったりするのだから、「なんてまともで親切な娘だ」と思えるくらいだ。つまりそれくらい私たちの親へのいたわりや尊敬の念は失われてしまったということだろう。そういうことを自覚し、自分の生き方までも考えさせられる映画だ。
戦後の日本はこんな風にお年寄りを地方に残し、都会に出て必死で稼いで、稼いで 親の死に目にも合えず働いて、という家族が増えた。そして日本の経済はものすごく成長した。そして食べるのにほとんど誰も苦労せず、物質にも恵まれた生活を送れるようになった。戦争で食べるものがなかったのだから、とりあえず豊かになりたかった。そして物は豊かになった。
では心はどうだろう。豊かに暮らせるようになった喜びでここまで気がつかないフリをしてなんとかきてしまったが、心に余裕の無い家族が増え、家庭内には親と子のひずみが生じたのではないか。今の私たちの世代の心はその親の世代に、その親はそのまた親の世代に影響を大きく受けている。そういう意味で私たちの世代もまだ戦後をひきずっていると言える。まだ戦後を生きている。現在深刻な犯罪が多いのは、日本社会の戦後の歩みの背景にある「家庭」の枠組みや機能の変化が大きく関係している。日本は戦争から心身ともに立ち直ったわけではない。身体的な空腹はおなかが「ぐう」となればすぐにわかるが、心が空腹はすぐにきがつくわけではない。
常軌を逸した不道徳な犯罪が後をたたないのはまさに日本人の「心」が崩壊しつつあるサインだ。法律を変えたって変わらない。人の中の「心」が変わらなければ何も変わらない。日本が戦後歩んだ道を全否定するのでないにしろ、歴史をもういちど見つめなおさないと。自分の家族との関係やこれまでの人生を省みて痛いところをほじくりだす作業は確かにつらい。でも、子どもや親の育て方や教師の質、テレビゲームを悪者にしていつまでも本質をみようとしない今の雰囲気がこれからも続くのならば、日本は自滅の道を転がる一方だと思う。
ネガティブな意見になってしまったけれど、こうやって吐き出すことで頭と心を整理して、今の状況と私たちの持つべき意識を考えていければいいと思う。とにかく何でも考えることが大事だと思う。今度は家庭教育についても、考えていることを書いていきたいと思う。
東京物語(1953) - goo 映画
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