フランスとドイツの違いとファッション
2泊して3日目の早朝に帰る、というかなりあわただしいスケジュール、よく知らない土地、フランス語も通じないし、直前で現地で会うはずの人との予定がずれて完全に一人旅することになり、旅行中ずっと緊張状態でした。はじめはフランスでもこれくらい緊張していたはずなのに、今では空港に戻ってくると安心している自分に気がつきました。
フランスとドイツは隣接した同じヨーロッパの国なのに、ドイツの雰囲気はフランスとはずいぶん違いました。町並みからしてパリのようなエレガントさを競うような雰囲気がなく、質実剛健、真面目などというステレオタイプな国民性もあながちうそではない、と感じさせます。
ファッションもスペインともフランスとも違います。以下、私の主観ですが、今回一人でぶらぶら町を歩いたこともあってか、土地の人の服装の違いに妙に目がいってしまったので、フランス、スペイン、ドイツ、各国の女性のモードの傾向をあげておきます。
ドイツ:
デザインや柄が独創的なミニマルでモダンな服に足元はしっかりとした履き心地のよさそうな靴。
髪の毛の色もコーディネートの一部として気を使っている。
スペイン:
派手な色使いにヒールを履いてきらきらしたものをいっぱいみにつけて女性らしさをものすごく強調する服。
フランス:
自分に似合う色(主に黒か茶)のシンプルなコーディネートに一部だけ凝った装飾や小物使いの工夫を取り入れて自分らしさを出す。
美術館
博物館島という世界遺産があって、ここにまとまって重要な美術館が建っています。私はペルガモン美術館へ行きました。
工事中であまり外見はよくないのですが、博物館の正面です。
トルコ・イスラム文化の展示はたいへん見ごたえがありました。ヨーロッパのものばかり見ることが多いので、アジアっぽくもあり、西洋っぽくもあってまさに文化の融合地帯という感じです。例えば、人物の顔は目が細めで、仏像や聖徳太子のようなのに、らくだに乗っていたり、葡萄の葉のモチーフで縁取られて居たりしました。トルコの青は印象的でした。
世界史でおなじみの「バビロン捕囚」では有能なユダヤ3000人のユダヤ人がユダ王国から捕虜としてバビロニアに拉致されたということです。(その後約1万人が捕囚)すぐに帰れると思っていた人々もエルサレムが破壊され、想像以上に長い間、バビロニアにとどまることを強いられることになりました。解放されたのは半世紀後で、すでにバビロニア文化の中で生まれた2世代目の人たちはバビロニアに残ることを選んだ人も多かったそうです。それでユダヤの人々がここでヘブライ文字からアラム文字を使うようになるなど、文化的に非常に影響をうけたということです。ユダヤの迫害の歴史の象徴という印象をこのイシュタール門の展示に持たせることの影響を避けるためにあまりくわしい解説がないのかもしれません。
ブランデンブルグ門
ミッテ地区
つづく
2 件のコメント:
ご無沙汰です。
お元気ですか?
大阪は暑くてたまりません。
写真を見ていて、羨ましい限りです。
日本と同じ様にヨーロッパも多くの時を重ねてきているので、何気ない1枚の写真に重みと美しさと、存在などを感じますね。
ご無沙汰してます。お誕生日おめでとうございます!こちらも今年は久しぶりに暑くなりそうなんですが、それでも大阪ほどではないかと思います。ベルリンは今年壁が崩壊してちょうど20年目、社会主義建築の残る東側はとくに、ただぶらぶら歩くだけでも歴史を感じさせる町でした。
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