2011年6月14日火曜日

フレンチ レッスン

 先月からフランス語の個人レッスンをはじめました。友人のお母様が元アリアンスフランセーズの先生をされていたと偶然知ったのがきっかけで、いまさらながらなのですが発音矯正と文法、それに論文のフランス語。とっても丁寧に見てくださるのでとてもありがたいです。16区の彼女の自宅は
セーヌ河が望める瀟洒なアパルトマンで、話すフランス語もさすがにとてもきれいで品があって、レッスンも楽しいのですが普段なら縁のない贅沢でなパリが垣間見えるのも面白く、よい気分転換になっています。写真は私の大好きなケ ブランリー美術館。近くにあるのでちょくちょく立ち寄れるように年間パスを購入してしまいました。



レッスンの帰りは172番のバスに乗って繁華街まででて買い物をすることがおおいのですが、このバスがまた、観光バスといってもいいくらいにパリの見所をまわってくれるのでお天気がよかったりするとこれまた論文に詰まって憂鬱な気分も晴れていきます。そんなおまけ目当てのフランス語授業です。

2011年6月7日火曜日

子どもの理屈 つづき

フランスの大人はは現代においてもまだ

子どもは小さい大人

と思っている節があります....。

多くのフランスで子育てしている日本人の大体が戸惑う点ではないでしょうか。そもそも子どもを発見したルソーが偉い人みたいに言われていますが日本人などはもっと昔から子どもは子宝といってかわいがられてきたという違いがあり...。と個人的にはフランスの一般的に浸透している子どもを下に見る態度ははっきりいって全然好きになれません。文化的な違いでもあるのでそうかんたんに埋められる溝ではありません。日本には日本の歪みがあり、フランスにはフランスの歪みがあるように感じます。また両国ともに良い面もあります。結局私が思うのは人間本質は一緒なのだからそこから大きくブレなければいいというところに落ちついています。








2011年6月5日日曜日

子どもの理屈 大人の理屈

今日は久しぶりに子育てのお話です。

私のお世話している子どもたち(フランス人)は4歳半(男の子)と7歳(女の子)になりました。

男の子はお風呂で遊ぶのが大好きで、お風呂のお湯がすっかり冷たくなってしまうまで平気で遊びつづけます。私は風邪を引いてもらっては困るのでなんとかしなくちゃならない。


体が冷えるから、とか夕食の時間を過ぎちゃったから、とか言っても一向に動かない。

そこで

「お風呂のおもちゃたちがもうお家(袋状のネット)に帰る時間だよ。」

と言ってみたんですがこれが効果てきめん!急に目がキラッツとして、

「魚さん また明日ねー Au revoir !」 「ババールくん またねー!」

なんていいながらお片づけを楽しんで、その後すんなりお風呂を出るんですよね。

一年以上前に思いつきでちらっと言っただけなのに、いまでも必ずやるので相当気に入ったようです。

他にも、その子がお庭の木の葉っぱをぶちぶち切っていたときに、

「みんな私たちのお友達なんだよ。はっぱ達が 痛てててっ て言ってるよー。」

と私が言うと

「Pardon mes copains !」

と言ってその木に謝っていました。今でもその木に触れるたびに 

「はっぱはみーんなお友達なんだよね。」

と必ず確認してきます 笑 
 

ただ、この擬人化方法、この子の7歳のお姉さんにはもうそんなには通じないです。

この子達の母親がとても理論的で親子に主従関係を求める人(典型的フランス人です)なので大人の理屈に合わせることにかなりあわせられるようになってしまっているます。だからこのお姉さんには私は逆にできるだけ好きなようにさせています。といっても決して放任ではないですよ。意識的に彼女のリラックスタイムを邪魔しないようにしてめりはりをつけています。


たとえば食事の時間まで遊び続けているときなどは、彼女は興味ある話題をもちかけて、よき理解者の姿勢を示すととても心地よさそうです。私の意見を聞く準備ができてきます。なのでまず彼女の好きな話題で会話をしてみます。

会話の流れ(たとえば、その子の家庭は全部ビオの食品なので、今日の給食はサイテーだった、などど言うことがあるんです。そういう時、なんでビオがいいのか、とかを聞いて食べ物関係⇒今日の夕飯はおいしいよ)ですんなり席につくことが、毎回ではないですが、あります。彼女はもう赤ちゃん扱いして欲しくない、と思っているので対等に会話で、あなたはよく知っているね、あなたの言う通りね。など言われるととても満たされるようです。ポイントは会話の細かなことにはあまりこだわらず、とにかくまるごと認めてあげることです。それが彼女が求めてることだからです。

7歳くらいになると、大人ぶって話しますが(フランス語なのでさらに生意気な感じに聞こえます)、話の内容はまだ理屈にかなっていないときも多く、きっちりかっきりなご両親にいつもいちいち訂正されているのでかわいそうです。


つづく。


子どもの放射能20ミリシーベルト基準の反対サイト署名から朗報がきました。

子どもの放射能20ミリシーベルト基準の反対サイト署名から朗報がきました。
 

5月27日、文科省が1ミリシーベルトをめざすとの文書を発表しました。基準の撤回まではいきませんでしたが、事実上の断念であると考えられます。これも全国・全世界のみなさまが声を上げてくださった成果です。
にこたえたものであり、この間の市民運動が勝ち取った大きな一歩です。


ただ一方で様々な課題も残り、まだ十分ではないとことがあります。1ミリシーベルトというのは事故以前の福島県の平均空間線量の約25倍だそうです。何を言っても出てしまった 放射能はなくならないし、政府に期待するわけでもないけれど、国の動向を監視するという市民の役割を放棄しなければほんの少しは変えられる。今希望をもって過ごすのは難しいけれど、被災地の方々はもっとつらいと思うからダメージの少ない市民たちが思いをつなげること!





誰かを通して何かを通して思いは繋がっていくのでしょう
遠くにいるあなたに 今言えるのはそれだけ
悲しい昨日が 涙の向こうで いつか微笑みに変わったら
人を好きに もっと好きになれるから 頑張らなくてもいいよ

また争いが 自然の猛威が安らげる場所を奪って
眠れずにいるあなたに 言葉などただ虚しく
沈んだ希望が 崩れた夢が 一の日か変わったら
今を好きに もっと好きになれるから あわてなくてもいいよ




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