2009年1月7日水曜日

こどもは「迷惑」な存在か?

フランスにもどりました。パリはマイナス7度、雪が降ったらしく、道の両脇に
3センチ~5センチくらい積もっています。

二つ前のエントリーの続きを書きます。
前々回、子どもが親にかける迷惑量は生涯一定だ、と主張するコラムを少し紹介しました。

「どうして、この子だけが手がかかるかと悩むより、子どもが持っている迷惑量を今ここで消費しているのだと考え、それも有限なので
たくさん消費すれば、次は迷惑量が少なくなるはずであると思って対処したほうがよいように思う。また、逆に何も心配もなく手がかからない子は、まだ迷惑量の消費が足りないのだから、いつ、どんなときに消費を始めるか、考えておいたほうがよいように思っている。とにかく、あまり多くの人に賛成してもらえないが、私は『子どもの迷惑量は一定不変である』と思っている。」
(こころ・心⑨ 迷惑量一定の法則 カウンセラー・元少年鑑別所所長・養護施設園長・子育て協会顧問 奥村 晋) 

1子どもは「迷惑」か

私はそもそも子どもが親への甘えること、頼ること、自立心からくる反抗心などを「迷惑」だと親が感じること自体が親のあるべき姿勢
と大きくズレていると思います。しかし、著者は少年鑑別所の所長さんですから、将来、鑑別所にくる子どもが減ることを願って、あえて、「迷惑」という言葉をつかったのだと思います。悩めるお母さんの視点に立って、子育てのポイントを優しく伝えようとしています。

2 「迷惑量」は一定か?

子育ての手抜きはあとでつけが回ってくる、という意味では「迷惑量」は一定だとおもいます。でも、「迷惑」に対処する親のエネルギーの量でいえば、本当のところ、大きくなるほど膨大なエネルギーが必要となります。もしくは手遅れになることも考えられます。

「子どもが持っている迷惑量をいまここで消費している」と考えることは、子どもは、いつもでも果てしなく手がかかるのではない、ということをあらかじめ心に据え、余裕をもって子育てをする上でとても有効な考え方ですが、私はこれにもうひとつ、「幼いときほど簡単に『迷惑量』を消費できる』という法則を付け加えたいと思いました。

また、いまあまり心配のない子だからといって、ずっと心配をかけない子でいるとは限りません。むしろ危ないです。心配をかけない子ほど心配したほうがいいこともさらに強調したいです。

4 件のコメント:

nori さんのコメント...

はじめまして。初めてコメントさせていただきます。
私は今、シュタイナーの「自由の哲学」を読んでいて、こちらのブログを見つけ、思わずコメントしてしまいました。
とても興味深く拝見させていただいてます♪
更新楽しみにしています。

meg さんのコメント...

nori さん
はじめまして。最近更新ペースがゆっくりになっていたのですが
コメントをいただき、とても励みになりました。ありがとうございます
^ー^。
「自由の哲学」を読まれているのですね。ということはすでにシュタイナーをについて学ばれていらっしゃるのでしょうか。
三大著書と聞いて私も読んではみたのですが、なかなか難しく、少しずつ読んでいこうと思っています。
またお気軽にコメントいただけたらうれしいです。

nori さんのコメント...

いえいえ、シュタイナーに関しては初心者です(>_<) (むしろこちらのブログで勉強させて頂いてます。)
日本で、保育士として仕事をしていたこともあるので、子どもとの関わりの部分で、とても興味を持ってます。
「自由の哲学」、なかなか難しいです。じっくり読み砕いているところです(汗)

meg さんのコメント...

保育のお仕事をされていたのですね。わたしは幼稚園に勤めていたので3歳以下の子どもに関しては保育士の方に学ぶところが大きいです。

「自由の哲学」と比べると「いかにして超感覚世界の認識を獲得するか」の方が読みやすく、私は大変感動したので、もしまだでしたらおすすめです。

今週はパリ郊外のシュタイナー学校のクリスマスの様子を書く予定です。よかったらまたいらしてくださいね。

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